今日の勉強会は論語です。
子曰く、
いやしくも其の身を正しくせば、政に従うに於いて何か有らん。
其の身を正しくすること能(あた)わざれば、人を正しくすること
如何せん。
孔子が言われた。もし自分の行動が正しければ、政治を行う
ぐらいは何も難しいことではない。自分の行動が正しくなくて、
どうして人を正しく導くことなど出来ようか。
まず「正しい」というのが難しいと思います。
人によって正しさの基準がちがいますし、そもそも自分が本当に正しいかどうかも
簡単には判断できないからです。
また自分が正しいと思っていても、他の人から認められなかったり、
成果が出なかったりすると、自分を疑ってしまうこともあると思います。
そんな中でも自分が思っている道が正しいのだと思える基準の
ようなものがあるのでしょうか。
また自分の利害のためにいかにも正しいことを言っているかのような
演出をする人がいますが、それを区別できることも必要だと思います。
その基準は例えば人間の道理や自然の摂理ではないかと一人が
言いました。個人の都合からくるものは自然の循環から外れていて、
淘汰されて長続きしないのではないかという意見です。
自分の思っていることが自然の摂理や道理にかなっているかを
見極めるのは大変ですが、例えばこの論語も自分の中に正しさの
基準を持つためのひとつの道具だと思いますし、
普段あまり考えないからこそ意識的に考えることは大事だと思います。
船長森田さんは一日一日を正しいと思う判断をしてすごせるかどうかが大事だと
言います。そして「人としてどうか」ということを判断基準にしています。
人によって「正しい」ということへのアプローチや行動は違っていますが、
大切なのは自分の中に正しさを持っておくこと、それが 伝わらなくても持ちつづけることが大切だと思います。
藤井
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