今日の勉強会は
スロープのタイルの割付の話から、
建築物と数学の関係についての話になりました。
一番わかりやすのは構造力学で、地震の時にどんな力が働いて、
どれくらいの太さの部材が必要か計算するために必要です。
デザインでは黄金比や1:2などの比率がよく使われます。
誰もが美しいと感じる比率があり、昔も今も変わらないのは、
よく考えれば不思議なことです。
庭でも不等辺三角形に樹木を配置するのが美しいと言われます。
ギリシャのパルテノン神殿などは数学的な比率の集合で形作られています。
また建築が他の芸術と違うのは「数字がセットで評価される」ことではないかとも思います。
心地よいと感じさせる空間の寸法、敷地に対する建築の大きさ、壁に対する窓の比率。
究極的には空間の気持ちの良さ等も数学的に説明できるのかもしれません。
パルテノン神殿の時代は数学、デザイン、建築などと明快に分かれておらず、
デザインする=数学する、という感じがします。
数学が世界を創る法則だという意識が今より濃かったのだと思います。
その頃作られた法則や定理のおかげで現在構造計算が出来るわけですが、
数学を解くことは世界の普遍的な価値を見つけることだったのかもしれません。
また朝の勉強会で引用する論語や金次郎の話は、普遍的な価値はどこにあるのかを考える
ものですが、数字の客観性とは別の客観性を求めているような気がします。
これが西洋と東洋の違いと簡単には言えないと思いますが、モノを考えるときの
アプローチの違いは現在も引きずっていると思います。
そして庭や建築では両方が必要だと思います。
誰が見ても美しいと思える普遍性をもったデザインを追求すること。
使う人にとっての最高の庭にすること。
使う人もいいと思える。世間の誰が見てもいいと思える。この状態が二つの客観性を
持った状態だと思います。
藤井
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