今日の勉強会は論語から
子曰く、仁遠からんや。
我仁を欲すればここに仁至る。
仁とは人を慈しみ、人への思いやりなど、人間の根本の道である。
仁は尊すぎて遠大で到達できそうにないと思いがちであるが、
本当にそうだろうか。
孔子は仁は自分から求めれば、いつの間にか仁は
自分の傍にあるのだと言われた。
仁を自分から求めるというのは具体的にはどういう事を言うのでしょうか。
仁を優しさと言い換えてみると
人に優しくするということでしょうか。
しかしよかれと思って行動したことでも、
相手にとっては迷惑なものだったりすることもあります。
その人が後々気づいた時、優しさと言えるのではという意見が出ました。
そして気づいてもらえるかどうかという自分からの発想ではなく、
相手にとってどうだったかが大事なことだと。
また、人に優しくしようという動機は
相手からの感謝を感じたときではないかと話しました。
感謝の話から、現場で何度も助けられていることを話しました。
そこで仲間から言われたのは、もうひとつ感謝しなければならないのは、
相手が動いてくれるような環境をこれまでつくってくれた人だと言われました。
勝手にいい環境があるのではなく、人間関係をつくり、仕事しやすい環境を
日々作ってきた人達がいるから、いま現場を楽しむことができる。
仁を求めるというのは、ことさら何か動くというよりも、
まず周りの環境に溶け込んでいる仁を、見逃さずに拾い取れるか。
そしてそれに気づいて感謝できる自分でいれば、今度は誰かに実行するようになる。
それが仁が自分のそばにある状態かもしれません。
藤井
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